麹町・半蔵門にある大人の女性の為のネイルサロンです。

今やネイルアートは世界中の女性に愛されるファッションとなっています。日本では比較的最近話題になってきたので、歴史の浅い文化だと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、実際は非常に古い歴史を持つ、由緒正しいファッションなのです。

 

紀元前 -古代のネイル

04587e9214b0e0276803959fcfbace06_m少なくとも紀元前3000年よりも以前からネイルアートは行われていたようです。古代エジプトでは壁画に見られるように特徴的な化粧を施す文化がありましたが、顔や髪だけでなく、手にも化粧を施していました。今で言うマニキュアです。
当時は植物の汁で爪を染めており、太陽を信仰するエジプトでは、特に赤色が神聖な色とされていました。世界の3大美女として有名なクレオパトラも、ネイルアートを楽しんでいたようです。
発掘されたミイラの爪にも、赤い化粧が施されているものが多数あるのだとか。

東洋では、中国にて古くから爪染めが行われていたそうです。宮廷においては、衣装の絵柄や化粧の仕方と並んで、爪の長さは階級を示す重要な意味を持つようになっていきます。
そして紀元前600年頃には、金や銀を爪に塗るのが流行したようです。

 

奈良・飛鳥時代~平安時代

日本で爪の染色が行われ始めたのは、この頃だとされています。西暦で言えば、700年頃。意外と早いと感じる方が多いのではないでしょうか。酸化鉄を用いて額の中央および唇に化粧を施していた延長で、指の先を赤く染めていたようです。

平安時代になると、貴族たちの間で鳳仙花や紅花など、草の汁で爪に着色するのが流行し始めます。白拍子と呼ばれる当時の遊女たちにより、宮廷内での化粧文化が庶民に広がっていったのだそうです。

 

中世・ルネサンス時代

芸術と文化が花開いたこの時代、特に舞台芸術が化粧文化を発展させました。バレエが演じられるようになると、さまざまな人物を演じ分ける表現の1つとして指先の演出が行われ始めます。

 

江戸時代 -紅花染料

中国より、紅花を用いた染色技術が伝来。盛んに栽培されるようになります。紅花は化粧にも使われるようになり、爪に塗ることもありました。口に塗るものが口紅と呼ばれるように、爪に塗ったので爪紅と呼ばれたようです。紅花の汁をそのまま塗るのではなく、ミョウバンを加えて染料に加工することで、水に触れても簡単には落ちなくなり、より長く爪紅を楽しんだのだとか。

 

18世紀 -付け爪の誕生

中国では、付け爪の文化が誕生。現代のネイルチップと比べると圧倒的な存在感を放つ、護指と呼ばれる絢爛豪華な付け爪です。映画や写真などでは、西太后が小指と薬指につけていることでおなじみなので、目にしたことがある方も多いでしょう。
そうした文化に影響を受けてか、当時は富裕層の間で小指と薬指の爪を伸ばす風習があったのだとか。爪が長いのが、手仕事をしない=高貴な身分である証明だったようです。

 

近代 -ネイル文化の定着

自動車が大量生産され始めると、乾きが早く水に強い塗料が必要とされるように。こうして速乾性のラッカーが発明されました。その技術が応用され、1923年にネイルポリッシュが誕生。
1970年代前半には、ハリウッドのメイクアップアーティストが女優のために現代の付け爪を発明。さらに歯科素材のレジンを用いた付け爪がブレイク。アメリカでネイルアートの大ブームが巻き起こります。各地でネイルサロンが次々とオープンし、女優だけでなく一般にもネイル文化が定着していきました。

このネイル文化は、日本へは1970年代後半にやってきます。
1980年代には日本にもネイルサロンがオープン。当時のネイリストはマニキュアリストと呼ばれていたようですが、1985年頃にはネイリストへと変化していきました。
女優や歌手などがネイルアートに興味を持つようになると、テレビや雑誌でも盛んに取り上げられるようになります。1990年代にはネイルの専門誌が登場し、若者たちの間でさらに大きなブームへと成長していきました。

 

2000年 -ジェルネイルの登場

イベント現在定番となっているジェルネイルがついに登場。マニキュアよりも発色が良く、艶やかで長持ちとあって、一気にスタンダードになりました。
さまざまな技術やテクニックが今なお急速に発達しており、ありとあらゆる表現が実現するようになっています。立体的なデザインの装飾も可能になってきて、今後は一体どのような進化を遂げるのか非常に楽しみですね。

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